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愛猫。

こんにちは。
またまたブログを書かせてもらいます。
夏までひばり塾で講師をしていました、卒塾生の梢です。



3月18日。

ひばり塾の主、黒猫のゴムくんが永い眠りにつきました。
17歳でした。
P3201036.jpg


ゴムには、ミュウという兄弟猫がいました。
この2匹の猫は、私が小学校5年生の時にひばり塾にやってきました。

当時はまだやんちゃな2匹でした。
『ロッカーの上で2匹そろってゆっくりくつろいでいるな』と、私が油断していると、
急に
ドサッ!!!!
と目の前のプリントの上に飛び降りてきて、何度も驚かされたのを今でもはっきり覚えています。


愛想の良いゴムと、〈猫の中の猫〉のミュウ。

この2匹がいたから、私は大学生になれたと思っています。


    13JUN-02.jpg05-01-10_17-27.jpg



中高の定期試験。
勉強に疲れた時もこの2匹に癒されて、何とか乗り越えてきました。


高校時代は、塾のカギを持つことが許されていました。
試験で学校が早く終わり、誰よりも早く塾に着くと、まず最初にすることは・・・・

2匹のご飯やりでした。

この時だけは、普段愛想のないミュウも近寄ってきてくれます。

そうしていくうちに、2匹が私に慣れてきてくれました。

高3になると、ミュウは私の膝の上でくつろいでくれるようになりました。
ゴムは、ミュウには逆らえなかったので、私のノートや教科書の上でくつろぐようになりました。

膝にミュウ。目の前にゴム。
2匹の猫の「かまってくれにゃ」オーラと戦いながら、そして癒されながら
私は大学受験を乗り越えました。



大学時代、広島に戻る時は必ずゴムとミュウに会いに、ひばりに遊びに行きました。

05-08-29_23-11.jpgV6010126.jpg
2005年の2匹の様子。



そんなミュウも、3年前の春、突然亡くなりました。
ミュウが入院したりしていたのも聞いていたのに、当時新入社員で余裕がなかった私は
ひばりに会いに行くことをしませんでした。
そして5月。とうとう会えないままにミュウが死んでしまいました。
すごく後悔しました。仕事中に報せを受け、トイレにかけこみ泣きました。


そしてついに・・・
黒猫ゴムくんが、亡くなりました。


2年前、私がひばりの講師をするようになってからは、昔以上に長い時間一緒に過ごしてきました。
ミュウが亡くなった後は、ゴムが膝に乗ってくつろぐようになりました。
2人で日向ぼっこをしたり、サンドウィッチのツナを取り合ったり・・・。

塾のシャッターを開ける時にゴムの鳴き声が聞こえるのが当たり前だったのに。


この悲しい報せを福岡で受けてから3日間、ゴムを思い出すたびに泣き続けていました。
あまりにも悲しすぎて、泣きすぎて・・・このままではいけないと思い
最後のお別れをするために土曜日に広島に帰りました。

広島に向かう新幹線の中でも一人泣き続け。
いよいよ塾に着きシャッターの前に立ったところ。。。
「もうシャッターの前に来ても鳴き声がしないんだ」と実感して涙が溢れて止まらなくなりました。

だけど、ちゃんと最後のお別れが出来て本当に良かったです。
会わないままだったら、今もずっと泣き続けてたと思います。

子どもたちや沢山の人がお花などを持ってきてくれたみたいで。
とても綺麗なゴムくんに会うことができました。
P3201034.jpg



本当に2匹には感謝の気持ちでいっぱいです。

高天原では涙で言葉に出来なかったけれど・・・この場を借りて伝えます。

「ゴム、ミュウ。本当に今までありがとう。」かつお節沢山食べれてるといーな
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